レッドリボンさっぽろのブログ

HIV陽性者・AIDS患者との共生と差別・偏見のない社会の実現を目指し、北海道で活動をするNPO法人レッドリボンさっぽろの公式ブログです

【HIV不当内定取消訴訟】昨日の判決について弁護士の加藤丈晴さんのコメント

HIV不当内定取消訴訟】昨日の判決について、原告男性の代理人である弁護士の加藤丈晴さんにコメントをいただきました。

2019年9月17日、札幌地方裁判所において、HIV不当内定取り消し訴訟の判決が言い渡されました。裁判所は、被告北海道社会事業協会が原告の内定を取り消したこと及び被告が原告に関する医療情報を採用活動に利用したことの違法性を認め、被告に対し、165万円の支払いを命じる判決を言い渡しました。
被告は、原告の内定を取り消した理由として、①原告が採用面接の際に持病の有無を問われたにもかかわらず、HIV感染の事実を告げなかったこと、さらに②内定後に被告職員が原告にHIV感染の有無を確認した際に、これを否定する旨の返答をしたことを挙げています。
そこで判決は、まず原告が被告に対してHIV感染の事実を告知すべき義務があったといえるかどうかについて判断しています。判決は、HIVの治療方法が確立した現在でもHIV感染者に対する社会的偏見や差別が根強く残っていることを指摘し、HIV感染の情報は、極めて秘密性が高く、その取扱いには極めて慎重な配慮が必要であるとしています。その一方で、HIVは性行為を除く日常生活によっては感染しないこと、原告については、抗ウイルス薬の服用によりHIVは検出感度以下になっていること、原告は社会福祉士であり、通常の勤務において血液等に接触する危険性すら乏しいことなどから、原告が被告病院で稼働することにより他者へHIVが感染する危険性は、無視できるほど小さいとして、これらの総合考慮から、原告には被告に対するHIV感染の告知義務はなかったと認定しました。
この時点で、上記①を理由に、内定を取り消すことは許されないことになります。判決は、さらに踏み込んで、事業者が応募者に対しHIV感染の有無を確認することですら、特段の事情がない限り許されないとしました。そして、原告が被告職員からHIV感染の有無を聞かれ、これを否定したことについても、自らの身を守るためにやむを得ず虚偽の発言に及んだもので、これをもって原告を非難できないとし、上記②を理由にした内定取り消しも違法であると結論づけました。
次に判決は、被告が、原告の医療記録を確認したことから原告のHIV感染の事実を知り、原告に対してHIV感染の有無を確認する趣旨の質問を行った上で内定を取り消したことについても、本来原告の診療など健康管理に必要な範囲で用いることが想定されていた原告の医療情報を、その範囲を超えて採用活動に利用したものであり、医療情報の目的外利用にあたるとして、個人情報保護法に違反する違法行為であるとしました。
最後に判決は、原告が法廷で述べた事情を一つ一つ丁寧に引用しながら、被告の行為により原告の受けた精神的苦痛は甚大であったとし、被告病院の一連の行為は、患者に寄り添うべき医療機関の使命を忘れ、HIV感染者に対する差別や偏見を助長しかねないものであって、医療機関に対する信頼を裏切るものといわざるを得ないとして、この種の判決としては異例の厳しい言葉遣いによって、被告を糾弾しました。
今回の判決は、採用面接時における応募者の事業者に対するHIV感染の告知義務を否定しただけでなく、事業者が応募者に対しHIV感染の有無を確認することですら、特段の事情がない限り許されないと判断した点で、職場でのHIV差別に関する従来の裁判例から大きく踏み込んだ内容となっています。今でもHIV感染者の多くは、職場にHIV感染の事実を知られることをおそれ、あるいは感染の事実を告げないことに罪悪感を抱えながら仕事をしています。またHIVに感染していることを告げられないがゆえに、なりたい職業に就くことをあきらめざるを得ない場合もあります。今回の判決は、これらの悩みを抱えるHIV感染者にとって、大きな希望となることは間違いありません。
勇気を振り絞って裁判を起こし、1年を超える長期の裁判を戦った原告に、あらためて敬意を表するとともに、この判決が、HIVに関する無知や偏見、それに基づく差別をなくすことに少しでも役立つことを、願ってやみません。

弁護士 加藤丈晴